そもそもこのブログを始めたきっかけは
『Lure magazine』で読んだ
田辺哲男さんの
『ザ・メッセージ』に感銘を受けたからである
そしていろいろと考えさせられた
オレもヘタなりになにか伝えることができるんじゃないかと思って・・・
私のバスフィッシング暦は10年ほどであるが
かなり薄っぺらく密度の低い10年であった・・・だいたい最初の3年間は
1匹もバスが釣れなかった
(バラシが数回あっただけ・・・)
普通ならやめそうなもんであるが当時八郎潟近くに住んでいた親友がよく誘ってくれたし
その親友つながりで友人も増えていったため釣れなくても楽しかったってこともある
そもそも当時は何も考えずにルアーを投げていたので釣れないのは当然である
シンキングミノーに
タニシが掛かってきたこともあった

つまり
ミノーを泳がせないでズル引きしてたってことだ

釣りたくてバス釣りをするのではなく親友らと遊ぶコミュニケーションツールとしてバス釣りはあったわけですね
初めてのブラックバスは
イモグラブのノーシンカーで釣れた

一匹釣れたら今まで釣れなかったのがウソのようにホゲらなくなった
心に余裕が生まれいろいろと観察するようになった
イモグラブでのバイトはなにかに引っ掛かってはずれた直後が多いってのもわかってきた
センコーは着水直後のバイトが多いってのもわかった
しかしとりあえず釣れるワームのノーシンカーでの釣りに縛られ、バスフィッシングの多様性を否定するかのようにこだわってしまったのは大いなる反省点であった・・・
そんなこんなで少しずついろんなことがわかってきた頃
秋田県でブラックバスの
リリース禁止が決まった
(このリリ禁についてはかな〜り言いたいことがあるのでいずれ書かせてもらうつもりです)
何も悪いことはしてないのに釣りに行くたび後ろめたい気持ちになった・・・
ちょっと脱線しました

私にとっての釣りは狩猟的要素が多分にあって数釣ることが第一義だった
しかし田辺さんは言うわけですよ
(以下は『Lure magazine 2008年2月号』からの抜粋です)
「釣り場によくいる人達って5年や10年やってるのが多いよ。でも、やってることは一緒じゃん。ただ釣るだけなんだ。バスフィッシングを初めてやった頃と何が変わったんだよと。その人達がなんで変えないかも知ってる。このゲームは最初から上手に釣れないから、釣りたいから釣れる方向に戻っちゃうんだよ。」あーまさに私の事ですね

私がメインフィールドにしている秋田、山形でのバスフィッシングはいろいろな面で厳しい環境である
だからこそ一匹を大切にしたいと思った
ブラックバスって魚はとても研究されていて、その生態に関してかなり部分が解明されている釣りやすい魚だ。季節毎の動きのパターンもだいたいわかっている。あとは現地の状況に応じて修正していけばいい。
ってわかっちゃいるけどねぇ〜
今後このブログでも
『狙いすました一匹との感動的な出会い』をたくさん紹介できるように楽しみたいっすね。。。
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